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聖なる呼吸

聖なる呼吸、映画を観てきました。
面白かったです。
現代ヨガの父、クリシュナマチャリア氏、その弟子、パタビジョイス氏とアイアンガー氏。
2人の弟子は同じ師を持ちながら、異なるヨガスタイルを現代に伝え広めました。
家族やつながりを持つ人達へ、監督が直接、取材、お話しをお伺いし、監督自身もヨギーとして、ヨガとは何なのかを探す路のり、旅のはじまりの映画です。全編ドキュメンタリー。
途中、再現VTRもあったかな。

私自身が3人にイメージしていた風と、人柄とが違って、作品、演出には細部に散りばめられた、人間味溢れる、情熱や生命の息吹が強く感じられ、とても親近感が沸く、終始そんな感じでした。
ヨガに限らず、何でもそうかもしれませんが、師や先生が絶対ではないし、とても尊敬し、偉大であることに変わりはないのだけれど、時に神格化し過ぎて、自身の考えやすべてを相手にゆだねる事は危険です。科学も医学も絶対じゃない。それと似ています。自分の頭で考え行動する、それこそヨガです。
アイアンガー氏が、クリシュナマチャリア氏の元に15~20日間しか一緒に過ごさず、ある理由から、離れたこと、衝撃的でしたし、その不運?によって、自分のスタイルのヨガが確立され、信念と共に多くのヨギー、ヨギーニがうまれ、ヨガの認知が不気味なあやしいものから、解剖学を取り入れた、現代式へとブラッシュアップされたのでした。



映画を観ている最中から、何度か涙が頬を伝いました。
それは、師たちへの敬意や映像で観れた事への感動とはまた少しちがうところでの心の動き、私自身の人生背景からの涙でした。
人生での最初の挫折から、スポーツへの拒否、運動することへの否定(心の作用、不調)、そんな経験を経て、ヨガに出会ってから、もう一度運動する事への楽しさ、素晴らしさ、私にとってからだを動かすこと、それは人生そのものでもあるからとても重要で、それに気付き、自分の心を取り戻せた、生命の息吹を取り戻した、唯一の心の薬みたいなものがヨガでした。



日本ではヨガブームがまだ続いているようだけれど、その流行に乗ってヨガに出会えた事にも感謝しましたし、3人のヨギーがいければ、ヨガにおそらく出会えてなかったかな、と思ったし、私の師の師もアイアンガー氏と交流があって、少なからず私のヨガにはその流れが残っている、その流れ自体、継承されてきた、それぞれの師の想いや追憶の時間にも感謝しました。




そして、クリシュナマチャリア氏はヨガを広める為、あらゆる活動を活発に行い、依頼があれば応諾し、ヨガをインドで多くの人々に伝えます。
王宮の兵の健康維持の為、大学ではヨガの哲学、実践の教授として、晩年は”命をつなぐヨガ”として、心の病、心身症の方々、一人一人と向き合い、ヨガ指導を行いました。
教育にとても熱心で、人は教育がとても大事で、人間を育む、教育は国を作る、と、とても熱心に自身も勉学し、サンスクリット語の古い文献から、当時のヨガとはどんなものであったかを研究し、後世に伝えておられたのだそうです。
ヨガは出家した者がやり、難解なポーズをして、心のおかしい者がやるもの、、、とインドでもそのようなイメージがあったのを払拭し、ハタヨガはアーサナ(ポーズ)をとること、体を整えることで、心身のバランスが整い、健康が保てるもの、ということが証明されてゆき、イメージが変わってゆきました。
晩年でも、医療の代替療法として、予防医療としてヨガが行われ、ヨガの古い文献には、
ヨガはどんなに老いた人でも、病で弱った人でも、練習を積むことで完璧にアーサナを行うことができる、という言葉が、とても印象に残りました。



私もスポーツやヨガを通して様々な経験をして、最近では幼児教育に関心を持つ様になり、そして医療にヨガがつなげられれば、ひとの心身の病や、生き方、人生の過ごし方がもっと楽になるのではないかな、と思っている人間の一人です。
教育と医療によって、人間は健康を保ち、社会や国が作られ、次の後世に受け継がれてゆく、その路どりは、時代によって、戦争や感染症や、闘うものや対象は異なれど、私達人間に出来る事は、人間社会において、健やかに、且つ人間らしく生きてゆくこと。
詰めれば、人間としての路、理法(=ダルマ)の元、社会形成してゆく手段を持ち合わせてゆく術が必要なのだろうと思います。
共同体。こんな社会だからこそ尚更です。
情報化社会、地球も狭くなりました。一つにつながりやすい。



難しい話になってしまいましたが、
要は笑顔と平和の為に生きてゆこうよ、
ヨガしようよ、ということ。
シンプルなお話♪
Myself,Life with Yoga..♡





合掌
OM



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