スキップしてメイン コンテンツに移動

山へ登って来ました

今年は山に登ってます。
今まで山より断然海派!!で、あまり関心がなかったけれど、仲間が登山をしていて、話を聞いてる内に、次第に、どうなんだろう、おもしろそうだな、まずは試しに登ってみよう!とこの夏は、富士山&甲斐駒ヶ岳というメジャーな山に登頂しました。



ヨガやらないで、登山ばかりしてない??と言われそうですが、登山も広い意味ではヨガです。
体の動かし方や呼吸の仕方、心のモチベーション、扱い方、使い方、ヨガ哲学とも言われる、ヨガの考え方(八支則、沖ヨガだと十支則)が活かされ、精神、身体、呼吸と三密を観てゆく工程はまさにヨガです。
山を登っていると、人生に例えられる様で、ここまで登ってきたのに、まだ登るの??とか、あと、どのぐらい登れば頂上にたどり着くの??と、よく現代人に多いかな、と思うのですが、推し量ってしまったり、答えをすぐ求めてしまう。心の計らいや、先の事への気苦労があると心が疲れちゃう、精神的ダメージになる。
冷静に客観的になって、ただ、登る。
ひたすら一歩一歩、登る。
着実に今の一歩に意識、集中をする。
それを淡々と行って行けば、山は逃げないし(噴火や最悪の天候等にならない限り)確実に辿り着けます。あとは、体調だったり、自分次第。
過去にもとらわれず、未来にもとらわれない。
まさに、今を観る、これぞヨガ。これって冥想でもありますよね。



山へ行く程、ヨガ行者が修業に何故山へ行っていたのかも感じられるし、俗世と離れて、森の中、自然の中に身を置くと自己探求しやすいし、あらゆる俗世のものから解放されます。シンプルになる。
ほぼほぼ、要らないものが多い。不要な物事で悩んでたりして。捨てちゃうとか、忘れちゃうとかすればいい。もしくはその対象への捉え方の変容。
山からの景色を眺めていると、悩みがとってもちっぽけだな、と感じるし、人間ってとても小さな生き物。自然の、地球の生命体の一部、ひとつ。



携帯もSNSも無きゃないでいいし、贅沢なものなんて無くてもいい。コンビニで調達したインスタントラーメンやベーコンが極上の美味しさになって、ホテル級並みの味になる。南アルプスの天然水が絶えず流れていて、いつもお世話になっている水だから、体にも馴染んでるのだけど、主人はそれで麓の南アルプス天然水で作られたウィスキーで割って飲んでいましたけど、とても幸せそうでした笑。
すごく特別な時間で、時間も空間も、全てが何もかも特別になる✨物の価値なんてあってないようなもの。




写真をいくつか載せます。






山で食べるご飯っていつもの何倍も美味しい!!それって、食材というよりかは、どこで、誰と食べるか、の方が重要なのかも。自然の中、親しい仲間と食べるから美味しいんですよね〜(  ´ ▽ ` )♪





これ、私です。笑
動画もあるけど、載せられないから写真で。キツかった〜!!(つД`)ノ
でも、それ以上に楽しい!
ルートは岩場に赤ペンキか何かでざっくり矢じるしが書いてあるだけで分からなかったのだけれど、上級者コースだったみたい笑。ハハ♡
ちょっと途中、まじでヤバイ?Σ(゚д゚lll)ってところとかもあって。
岩肌を、空を隣合わせに登りつつ、後ろを見ればがけっぷち!!
見ない見ない、みたいな、笑。
メンタル、鍛えられましたよ〜。
風もビュ〜ビュ〜!!吹いてて、この手を離したら...みたいな笑。
でもそれさえも楽しんで微笑んでる私って、ちょっとおかしいなって自分でも思いました。人間ってそうやって進化を遂げて何かを越える事を求める生命体なんでしょうね。本能的なものが引き出されます。
体の使い方はヨガや武術から学んできたものや、ボルダリング、子供の頃にアスレチックや木登りで遊びながら体を養なってきた事がここで発揮されました。
とにかく無事に帰って来れてよかったです。



摩利支天を望む。

キャンプ場。
天候は台風を免れました。星が垣間見れて美しかったな。



一緒に行った山岳部チーム、リーダー、ペースメーカー、新参者の私、今回様々な障壁を乗り越えて、山を楽しめたのも皆んなのおかげです!!!


感謝御礼!!



合掌





このブログの人気の投稿

アクセスバーズ®︎受けてきました

鎌倉SUGATAにて、ヨガの種を蒔いて下さったYuki先生の元へアクセスバーズを受けに行って参りました。



アクセスバーズとは頭の32ポイントに指を当て、それぞれ、ボディ、マネー、コネクション、フォーム等々のポイントに触れて、電子エネルギー、身体のピリピリするところだったり、何か感じるもの、イメージ、身体が熱くなったり、重くなったり、軽くなったりを頭に触れる事で、思考や身体に働きかけてゆくもの(私の初めての解釈)です。
整体や指圧、ヒプノセラピーやヨガの瞑想、民間療法等を経験、体験して、身体の感受性や通りは良いのか、中には寝ちゃう人もいるらしいけれど、半睡眠状態、瞑想状態、意識はあるけれど、それ程意識が先行していない、リラックス状態になっていて、色んな身体感を60分のセッションだったけれど、感じました。


ヨガのインストラクターや、ヨガやってる人、セラピスト、鍼師の方も最近多いのだそうで、私も噂には聞いていました。色んな事に興味があるので、好奇心も多いので予定が合えば、ぜひやろう!と、思ってたところ、ひょっとお休みが出来たところに丁度良く空きもあり予約が出来ました。



身体って、今までの人生の様々な事を経験して憶えている。必要な事もあるけれど、例えば怪我の記憶であったり、虐待の経験、記憶なんて必要の無い事。 何時までも憶えていたら、身体は苦しいだけ。もう忘れて良いのに、憶えているの。 それは、思考、(脳)によって記憶されているものだから、それをクリアリング。脳内デトックス、脳内クレンジング、と言われています。
生きていく上で、そんなものずっと背負ってたら、それだけで疲れちゃうもんね。

過去生の事とか、何回も何回も輪廻転生で もし、もしも生まれ変わってたとしても、どこかで憶えていたら、今を生きれない。 過去のとらわれに気付き、新しい自分にリフレッシュな感じです☺︎


アクセスバーズっていう頭のポイントと、ボディプロセスって言うのもあって、まずはアクセスバーズを受けました。 ボディからやってしまうと、いろいろ身体にとって都合よくないみたい。

何がなんだか、言葉では感じれないけれど、身体はいつでも答えてくれる。 いいよ、 よくないよ、 って。

ご興味ある方は是非ぜひおすすめしますよ〜〜!!♪\( ´▽`)ノ




アクセスバーズ(英文)
http://www.bars.accessco…

四季 12年のサイクル

皮膚疾患、不眠症、プチ鬱、未病...自然の流れの中で生きていれば、自然と快復してゆく。薬じゃなくて、自然に還る。不自然なのが問題で病の原因。もっと言うと病と一般的に言われるものも身体の智恵の治療に入る。知っている事以上に身体は賢い。生命のちから。

20才~32才迄、各季節の変わり目に、体調を崩した。

はじめは夏に入る、7月頃。謎のからだのだるさと不眠症、頭が朦朧としてめまい、吐き気が収まらない。病院で診て貰っても原因がわからない何箇所、通っても同んなじ結果だったMRI、最新機器でも生命の事は分からない未病。3年間、夏に入る頃になると、その状態が続く。

その次は秋口、9月頃。同じ様な症状。。。またか、と思いつつ、不眠症の薬、漢方薬、色々試すけれど一向に変化なし。心の病では?周りは本人は気付いてない、無意識のストレス精神的なものじゃないの、と言われ余計に気にする鬱々としていたあぁ、またこの季節が来る。。。3年間

冬に変わる頃はピークだった。最悪。忘れもしない、11月7日。毎年、三年間、その日に病院へ行っている事に気付く。「去年も、一昨年も、この日に来てますね」と医者に言われる因縁。絶対何かある。決定打だった

11月7日は、冬至と言うことを知り、そこから旧暦に関心を持つ様になり、西洋医学、現代医学では分からない東洋思想の考え方、自然と季節の流れ

聖なる呼吸

聖なる呼吸、映画を観てきました。
面白かったです。現代ヨガの父、クリシュナマチャリア氏、その弟子、パタビジョイス氏とアイアンガー氏。
2人の弟子は同じ師を持ちながら、異なるヨガスタイルを現代に伝え広めました。
家族やつながりを持つ人達へ、監督が直接、取材、お話しをお伺いし、監督自身もヨギーとして、ヨガとは何なのかを探す路のり、旅のはじまりの映画です。全編ドキュメンタリー。
途中、再現VTRもあったかな。

私自身が3人にイメージしていた風と、人柄とが違って、作品、演出には細部に散りばめられた、人間味溢れる、情熱や生命の息吹が強く感じられ、とても親近感が沸く、終始そんな感じでした。
ヨガに限らず、何でもそうかもしれませんが、師や先生が絶対ではないし、とても尊敬し、偉大であることに変わりはないのだけれど、時に神格化し過ぎて、自身の考えやすべてを相手にゆだねる事は危険です。科学も医学も絶対じゃない。それと似ています。自分の頭で考え行動する、それこそヨガです。
アイアンガー氏が、クリシュナマチャリア氏の元に15~20日間しか一緒に過ごさず、ある理由から、離れたこと、衝撃的でしたし、その不運?によって、自分のスタイルのヨガが確立され、信念と共に多くのヨギー、ヨギーニがうまれ、ヨガの認知が不気味なあやしいものから、解剖学を取り入れた、現代式へとブラッシュアップされたのでした。



映画を観ている最中から、何度か涙が頬を伝いました。
それは、師たちへの敬意や映像で観れた事への感動とはまた少しちがうところでの心の動き、私自身の人生背景からの涙でした。
人生での最初の挫折から、スポーツへの拒否、運動することへの否定(心の作用、不調)、そんな経験を経て、ヨガに出会ってから、もう一度運動する事への楽しさ、素晴らしさ、私にとってからだを動かすこと、それは人生そのものでもあるからとても重要で、それに気付き、自分の心を取り戻せた、生命の息吹を取り戻した、唯一の心の薬みたいなものがヨガでした。



日本ではヨガブームがまだ続いているようだけれど、その流行に乗ってヨガに出会えた事にも感謝しましたし、3人のヨギーがいければ、ヨガにおそらく出会えてなかったかな、と思ったし、私の師の師もアイアンガー氏と交流があって、少なからず私のヨガにはその流れが残っている、その流れ自体、継承されてきた、それぞれの師の想いや追…