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ブログはじめました。

きっかけは自然療法家、東城百合子さんにお会いした事がひとつあると思います。

講演会での一言です。
「何も言わないのは“不幸の種”を蒔いているのよ。」
その言葉が胸に突き刺さり、そのまま帰宅し、今日に至ります。

曖昧にしたり、逃げたり、他人任せ、発言を回避、今の政治家然り、大人社会、現代の日本の姿です。

今、ご縁ありまして、子供達と接しています。身体を動かす事の楽しさや、身体の動かし方を一緒に行っています。
まだ始めたばかりの端くれなのですが、子どもたちの心や身体の使い方や考え方は大人からの反映であるな、と。
”子供は真実を映す鏡"と言いますが、本当にそうだと思います。

大人がマイナス思考だと、子どももマイナス思考になり、大人が真剣で無かったり、集中していないと子どももそうなるのではないだろうか。
いじめがあるのも、大人社会の生存競争が激しいからではないだろうか。
子どもはすべてが初めてです。
見て、マネて、学んだものがすべてになります。
大人が迷うと子どもも迷う。
親が自身の心や身体の声が聴けないと、子どもも親と同じように無理をしてしまう。

“~鏡”の話をもっと突っ込んですると、私には怒りの感情があまり芽生えません。何でだろう?と大人になってから疑問だったのですが、(周りが疑問に思っていた)思い返してみると、子どもの頃に怒られた記憶がありません。母には一度も怒られる、叱られるという事はなく自由に育ててもらいました。父には一度強く叱られたのですが、妹を泣かしてしまい押入れに隠してしまったときだけです。
と、そんな経緯から喜怒哀楽の“怒”が現在に至っても生活の中に少ないです。

大人が前向きに明るく楽しく生きていれば、今は子ども社会に生きる子どもも笑顔で今を楽しく過ごせるのだろうと思います。その心の想いが培われ、育んで、大人になってほしいと願います。そんな大人が社会にたくさん増えれば日本は安泰です。

ヨガのことを書きたかったのですが、また次回。


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四季 12年のサイクル

皮膚疾患、不眠症、プチ鬱、未病...自然の流れの中で生きていれば、自然と快復してゆく。薬じゃなくて、自然に還る。不自然なのが問題で病の原因。もっと言うと病と一般的に言われるものも身体の智恵の治療に入る。知っている事以上に身体は賢い。生命のちから。

20才~32才迄、各季節の変わり目に、体調を崩した。

はじめは夏に入る、7月頃。謎のからだのだるさと不眠症、頭が朦朧としてめまい、吐き気が収まらない。病院で診て貰っても原因がわからない何箇所、通っても同んなじ結果だったMRI、最新機器でも生命の事は分からない未病。3年間、夏に入る頃になると、その状態が続く。

その次は秋口、9月頃。同じ様な症状。。。またか、と思いつつ、不眠症の薬、漢方薬、色々試すけれど一向に変化なし。心の病では?周りは本人は気付いてない、無意識のストレス精神的なものじゃないの、と言われ余計に気にする鬱々としていたあぁ、またこの季節が来る。。。3年間

冬に変わる頃はピークだった。最悪。忘れもしない、11月7日。毎年、三年間、その日に病院へ行っている事に気付く。「去年も、一昨年も、この日に来てますね」と医者に言われる因縁。絶対何かある。決定打だった

11月7日は、冬至と言うことを知り、そこから旧暦に関心を持つ様になり、西洋医学、現代医学では分からない東洋思想の考え方、自然と季節の流れ

そら-空-

全て一度壊そう

春になるとゼロにしてスタートが始まる

ヨガをし始めてから感覚的にそう思うようになった



積み上げて積み上げて経験を膨らまして膨らましてそれでパンパンにした所で


それがどんなものが出来上がるか形になるのか誰にも分からない


夢や目標や目的は

今はキラキラ輝いていても


光が無くなる事だってあるかもしれない


生命の光はいつ宿り消えるか誰にも分からない






色即是空


形が現れては消える

ライオン

サーカスのライオン



サーカスのライオンは


サーカスのライオンになりたかったのか?



なりたくて



そこに居て




サーカスをしているのか?




させられているのか?



殺されそうなのか?

それしかもう術がないのか?


他を知らないのか?



選択肢さえ分からないのか