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内臓の個性、キャラクター

先日のヒプノとヨガのコラボレーションWSのご報告。 面白かったですよ~。私の内臓達は皆んな個性的でキャラ立ちしていました(笑) ヒプノは夢を見ている様な感じで、普段出来ない内臓との会話もできちゃいます。 ヒプノセラピストの由美子さん♪ 毎回、素晴らしい空間を創り演出して頂き感謝です♡ 自然体の声に癒されます...(*´◡`*) 今回もどうもありがとうございました!! 喉の甲状腺から、徐々に各内臓へコンタクトしてゆくのですが、 喉元は問題無く、その下の肺へと移動し、 肺は理知的な理性のキャラクター、色は青。インテリみたいなIT、システムエンジニアでした。感情はあまり乏しく表に出さない。 胃はとっても元気でカラーはきいろ。ちゃきちゃきの江戸っ子キャラでノリが良いわ、世間話大好き、こっちは問題無いから、他行った方がいいよ!!と元気元気。 みんなの事を大体知っている様な感じで、統括者、リーダーみたいな感じでした。 そう言えば昔から食べるのは好きだし、割りと傷んでる物を食べても平気、全然大丈夫なんです。確かに内臓の中でもお腹すく感覚って一番分かりやすいですもんね。 肝臓は40代ぐらいのシブいオジ様で忍耐強く、顔が平たくて眉毛が太くて(?顔も見える?)心配不要、昔は大変な時もあったが今は大丈夫だ、気にするな。と言われました。そうですよねー、以前は、お酒沢山飲んでいましたものね〜、ご迷惑ご苦労お掛けしました、感謝します、と御礼をお伝えしました。 脾臓はランドセル背負ってる様な小さな女の子で無口。そっとこっちを見てたけど、元々おしゃべりは好きじゃなく、話さないからと言って、不平不満が溜まってる訳でも無く、特に平気そうでしたから、そういう子なんだろうな、とそっとしておきました。 腎臓が紫色で針金みたいな灰色をしていて、思わず苦虫を噛んだ様な顔をしてしまいました。 昔から腰痛持ちなんですよね。。 それをヨガで良くして改善したのですが、私の弱いところ、ウィークポイントです。 腎臓って水分と塩分濃度、電解質、毒素、老廃物の排除、血液とも関連していて、体の恒常性を保つ器官だけれど、疲弊してた。 食事や環境公害から知らない間に摂取している薬品、農薬、ガス、様々な人間の作り出した自然では未処理物質が溜まっているような感じでした。もうちょっと言葉にも出来ないよ、っていう感じ。本当、本当ごめんね。 ...

地中の石

地中に埋まる石はさて何処から来たのか あの星か   あちらの遠い彼方の果て 石はマグマの熱を持ち 冷やされ石となり 流れる記憶をその中に留め 今日そこに在るのだ 僕や君は最初は石で 重なり合って 響き合って 欠けらがまた僕になった 意思は何処からともなくやってきて また流れてゆく   誰のものでもなく そう輝いている 死への先が知りたいと言っていたね 輝く生命があるのは一瞬で 死んだら飲み込まれて   また誰かの 生命になるんだ それだけさ 流れ流れて  君は僕で   僕は君 またいつか会おう

僕は 鳥籠がすきだ 下は藁が敷いてあって  暖かいし 餌は  誰かが   好みのものを置いてくれる 外敵もいなくて    程よく風が通り 換気もしてくれる そういえば、僕は  一体どこから来たの? えっと、どこだったっけな? どこから来て、どこへ行こうとしていたの? 確か、あの空を飛んでいた時、 ここに立ち寄って   少しばかり 休んで いたら   気付いたら  ここに居たんだった 僕は   何色の羽根をして   どれくらいの大きさで どこへと飛んでゆくのかな? 悠々自適 僕の   自由さ は果てしなく 何もかも  空を通れば 貫き      どこまでもいける 飛び方はきっと   思い出せるはずさ 一度飛べたら  飛べるのだろう 僕の  羽根の色を  そう 見たことがある とても美しい 跳ね返るような光を飾して 太陽と月までもが  僕に  力を与えてくれる 大丈夫 その籠はもう必要ない 僕 の 空はそこにあるよ

ヨガとヒプノセラピー

ヨガとヒプノセラピー第2弾!!開催いたします。 前回、第1回目は〜新しい自分〜をテーマに開催しましたが、 今回は〜自分の一つ一つの内臓と対話する〜です。 自分の内臓の声って直接聞けませんよね?当たり前ですが(笑) 内臓って直接話せないですし、不調があっても気付きにくい。痛みなどが無い限り分からないもの。 ヒプノセラピーだと、心の深い部分と対話してゆくので(自分の意識、潜在意識、無意識の部分)体の声と呼ばれるものが感じ取りやすくなります。 本来、人間も動物の一部で、自然の一部ですから、どこか体の不調があれば、感じ取り対処してゆくもの。 動物だったら食事を摂るのをやめ、横になったりして休んでますよね。 人間はそうはしないで、せっせっと物を食べ、せっせっと忙しく働いたりします。あまり体や心の声を聞きません。 これは人間の都合であって、知ってしまうとやっかいな事になる、働けなくなったら困る、食事出来なくなったら困る、お金が無くなったら困る、日常が変わったら困る等々...意識しようが、しまいが本当のところを知ってしまうと面倒だから見ない。。。そんなところって人間誰しもあるのではないかな、と思います。 体は、そんな人間の都合は関係ありませんから、無理すれば病になるし、それが慢性的に続けば病気となって表面化します。 そうなる前に、自分の体はどうなっているのか??何を感じてて、身体ではどう対応し、対処し、何を記憶して、感情が記憶としてどのように残されているのか?? そこのところをヨガとヒプノセラピーはスッと自然と気づける様になる、ひとつのツールです。 今の自分の健康状態、お体にご興味のある方は是非お気軽にご参加下さい♪ 体は一番身近な人生のパートナー。 そんな掛け替えのない大切な体の声を聴いてみませんか? 何か貴方に伝えたい事があるかも♪ 11月13日(日)  /  13:15〜15:45   @海老名市文化会館   和室 前半   ヨガ 後半   ヒプノセラピー *間休憩有り 持ち物   / ヨガマットもしくは大きめのタオル(無くても可、和室畳の為) 動きやすい服装   お飲み物 ¥3,000- *ご予約・お申込み/お問合せ⇒ onesyoga.aya@gmail.com

聖なる呼吸

聖なる呼吸、映画を観てきました。 面白かったです。 現代ヨガの父、クリシュナマチャリア氏、その弟子、パタビジョイス氏とアイアンガー氏。 2人の弟子は同じ師を持ちながら、異なるヨガスタイルを現代に伝え広めました。 家族やつながりを持つ人達へ、監督が直接、取材、お話しをお伺いし、監督自身もヨギーとして、ヨガとは何なのかを探す路のり、旅のはじまりの映画です。全編ドキュメンタリー。 途中、再現VTRもあったかな。 私自身が3人にイメージしていた風と、人柄とが違って、作品、演出には細部に散りばめられた、人間味溢れる、情熱や生命の息吹が強く感じられ、とても親近感が沸く、終始そんな感じでした。 ヨガに限らず、何でもそうかもしれませんが、師や先生が絶対ではないし、とても尊敬し、偉大であることに変わりはないのだけれど、時に神格化し過ぎて、自身の考えやすべてを相手にゆだねる事は危険です。科学も医学も絶対じゃない。それと似ています。自分の頭で考え行動する、それこそヨガです。 アイアンガー氏が、クリシュナマチャリア氏の元に15~20日間しか一緒に過ごさず、ある理由から、離れたこと、衝撃的でしたし、その不運?によって、自分のスタイルのヨガが確立され、信念と共に多くのヨギー、ヨギーニがうまれ、ヨガの認知が不気味なあやしいものから、解剖学を取り入れた、現代式へとブラッシュアップされたのでした。 映画を観ている最中から、何度か涙が頬を伝いました。 それは、師たちへの敬意や映像で観れた事への感動とはまた少しちがうところでの心の動き、私自身の人生背景からの涙でした。 人生での最初の挫折から、スポーツへの拒否、運動することへの否定(心の作用、不調)、そんな経験を経て、ヨガに出会ってから、もう一度運動する事への楽しさ、素晴らしさ、私にとってからだを動かすこと、それは人生そのものでもあるからとても重要で、それに気付き、自分の心を取り戻せた、生命の息吹を取り戻した、唯一の心の薬みたいなものがヨガでした。 日本ではヨガブームがまだ続いているようだけれど、その流行に乗ってヨガに出会えた事にも感謝しましたし、3人のヨギーがいければ、ヨガにおそらく出会えてなかったかな、と思ったし、私の師の師もアイアンガー氏と交流があって、少なからず私のヨガにはその流れが残っている、その流れ自体...

食のこと

食べることは生きること。 朝食。ベーキングパウダーを使わず、卵、小麦粉、砂糖のみで作りました。卵はこの前、主人の実家近くの養鶏場へ行った時のもの。砂糖は三温糖。 卵白をふんわり角が立つまで混ぜるとふんわりなります (๑˃̵ᴗ˂̵)و 今日は食の事。 父が糖尿病になった事をきっかけに人は何故病気になるのか?食べ物と体と心、生き方って何だろう??と、思い始めたのが食に対する関心の始まりでした。 以降、たまたま手に取った自然療法の本に衝撃を受けて、現代の栄養学を根底から覆す、社会認知や常識、西洋医学とは異なる見解に驚きとワクワクするような興味が湧き起こったのでした。 日本ってアメリカ、中国、他海外からの輸入がとても多く、食の自給率は確か37〜39パーセント、40パーセントを切るぐらいですよね。海外の添加物の規制数も他国と比べてとても緩い。1000以上の添加物がOK、という状況なのだそうです。海外では害になるからダメ。アレルギーやアトピーや病気の原因も添加物や公害、不自然なものを体内に取り込んでいるから結果として体外へ出そうとする反応。病気というより、自然な反応なんです。 一概に添加物や公害のみで病になるだけではなく心身の影響もそれはあるでしょうし、遺伝的な面もあります。もともと寒さ暑さに強い人や、弱い人。血管が強い弱い。先天的なものもあって体質もあります。 私は幼少期から皮膚が弱かったです。いつでもどこかに吹き出物が出来て、皮膚科に行って薬を貰って塗っていました。妹は無かったかな。姉の私だけ。子供の頃だとお尻とか、思春期は手、脚とか。今も痕が残ってます。ステロイドも使ったし、きれいに2〜3日もすれば消えてしまう。精神的にも、一応女の子だから消えてよかった、と一旦は落ち着くのだけれど、結局塗らないとまた出る。その繰り返し。中学三年の頃に喉に腫れものが出来て、卵LLサイズ位のもの!友達に首が曲がってるよ??と言われて、鏡で見に行ったら、ボコっと首が腫れている。何も痛くないから、病院で診て貰って即、入院、手術。切開。 私の首にはその時の切った痕があります。感覚無いの。 それは、後々になって、あぁ、ステロイドが溜まってそこに隆起、蓄積されたのだろうな、と思いました。 不自然だから、体内処理できない。 もしくは強すぎてキツすぎて体に物凄く負担だから、とりあえずそこに溜まってしまった...

山へ登って来ました

今年は山に登ってます。 今まで山より断然海派!!で、あまり関心がなかったけれど、仲間が登山をしていて、話を聞いてる内に、次第に、どうなんだろう、おもしろそうだな、まずは試しに登ってみよう!とこの夏は、富士山&甲斐駒ヶ岳というメジャーな山に登頂しました。 ヨガやらないで、登山ばかりしてない??と言われそうですが、登山も広い意味ではヨガです。 体の動かし方や呼吸の仕方、心のモチベーション、扱い方、使い方、ヨガ哲学とも言われる、ヨガの考え方(八支則、沖ヨガだと十支則)が活かされ、精神、身体、呼吸と三密を観てゆく工程はまさにヨガです。 山を登っていると、人生に例えられる様で、ここまで登ってきたのに、まだ登るの??とか、あと、どのぐらい登れば頂上にたどり着くの??と、よく現代人に多いかな、と思うのですが、推し量ってしまったり、答えをすぐ求めてしまう。心の計らいや、先の事への気苦労があると心が疲れちゃう、精神的ダメージになる。 冷静に客観的になって、ただ、登る。 ひたすら一歩一歩、登る。 着実に今の一歩に意識、集中をする。 それを淡々と行って行けば、山は逃げないし(噴火や最悪の天候等にならない限り)確実に辿り着けます。あとは、体調だったり、自分次第。 過去にもとらわれず、未来にもとらわれない。 まさに、今を観る、これぞヨガ。これって冥想でもありますよね。 山へ行く程、ヨガ行者が修業に何故山へ行っていたのかも感じられるし、俗世と離れて、森の中、自然の中に身を置くと自己探求しやすいし、あらゆる俗世のものから解放されます。シンプルになる。 ほぼほぼ、要らないものが多い。不要な物事で悩んでたりして。捨てちゃうとか、忘れちゃうとかすればいい。もしくはその対象への捉え方の変容。 山からの景色を眺めていると、悩みがとってもちっぽけだな、と感じるし、人間ってとても小さな生き物。自然の、地球の生命体の一部、ひとつ。 携帯もSNSも無きゃないでいいし、贅沢なものなんて無くてもいい。コンビニで調達したインスタントラーメンやベーコンが極上の美味しさになって、ホテル級並みの味になる。南アルプスの天然水が絶えず流れていて、いつもお世話になっている水だから、体にも馴染んでるのだけど、主人はそれで麓の南アルプス天然水で作られたウィスキーで割って飲んでいましたけど、とても幸せそうでした笑。 すごく特別な...