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投稿

OKIDO YOGA from Italy

イタリアにて長い間沖ヨガをされていらっしゃる龍村恵美子先生のヨガを受けて参りました。 とても潔い、快活な気持ちの良い方でした。ご年齢をお伺いしてびっくりです。10、20歳お若くみえます。 盆の窪について教えてくださり、首の後ろ、頚椎と頭蓋骨のつながる部分とでも言えばいいのでしょうか、そこが詰まっているか、否かで、頚椎の歪み、腰の歪み、更には、内臓にまで影響します。 何でも起点、始まりの場所が大事なのですね。 詰まりなければ、そこに指が左右と合わせて計8本入ります。 ひとりひとりその場所を触って頂き、みてくださいました。 そして丹田から、腹に力を入れること、肩の力を抜くこと、正座からの背筋のつながり、内臓の関連、そして哲学に至るまで、とても深い内容で、初めてやることばかりだったのでとても勉強になりました。 イタリアで芸術活動をされていらっしゃる方もOKIDO YOGAをやられていたり、タンゴをやられてたりですとか、今回はるばるイタリアから生徒のお弟子さんがいらっしゃって、ペアになり気の導引や、修正法などなど、一緒になってやりました。 とてもたのしかったです。 bene!!(いいね) 言葉は違えど、生き方や心のこと、体の事は分かり合えるし、ヨガを通して、心の平穏を感じている変化や気づきも自身と同じで、国境を越えて、繋がり合える、喜び合える、ということを嬉しく思いました。 いつかイタリアで今日出会えた方達とヨガしたいな、と思いました。 Grazie!! 今日学んだ事も、ヨガ講習に来てくださる方々にお伝えしたいと思います。 Chao〜♪ 気分はイタリア。 (記念撮影もしましたが、後日サイトを載せまして、シェアさせて頂きます。)

goal

4/5のWS後。 鎌倉にて海を見て、江ノ電に乗り、七里ヶ浜で下車した後、江ノ島まで海沿いを歩いて帰りました。 2時間ぐらい歩いたと思います。 そんなに長くは感じませんでした。 倍音の音で全身が浄化され、詰まるものがなくなりました。 浜辺を裸足で歩きながら、鼻歌まじりに進みます。 波の音でうたっている声など周囲のひとには聴こえません。 大きな声で歌っていました。 音楽というより、音を聴いた後。 鼻歌も音から始まり、いのちの起源から、海、陸へ、そしてひとへ辿るような、音から音楽への鼻歌へ変わります。 ダイヤモンド富士が最後に迎えてくれました。 夕焼けなんて、久しぶりに見て、だんだんと赤く染まっていく景色を見たことは無いに等しいかもしれません。 最初から最後まで、日が暮れ行くのを見届けた後、終わったな、とふと思いました。 夕暮れが私に教えてくれたような、こんな景色を見せてくれた意味のような。 なぜだか、ふと幕が閉じた、と感じ、私自身に告げてくれたような気がしました。 数日後。 いろんな身の周りのものたちが別れを告げています。 携帯の画面が破損しました。 いつも持ち歩いているハンカチタオルも数枚、私の手元からなくなっています。 服、物質などなど手元から放れていきます。 物質の循環が始まっているようです。 今まで持っていたものを手放して新しい出会いをしましょう、という流れのようです。 いつまでも自分だけの手元に置いておくべきではありません、と。 物も、知識も、知恵も、愛情も、お金も持っている限りを出して、他の為に回しなさい、循環させた方が良い、その順番が今自分に来ているのですよ、と感じました。 執着しない。 求めない。 必要なものは必要なだけ巡ってくるし、必要ないものは手元から放れていく。自然の摂理と一緒のようです。 さて、とても感動したことがふたつありました。 地球交響曲の2番だけ観ていなかったのですが、先日観ました。 佐藤初女さんの本は読んだ事があったのですが、お話される姿をはじめて見ました。 とても優しい方です。 森のイスキアというところで悩める人たちを迎え入れ、料理を食べると皆癒され回復していく、前向きになる、そんな活動をずっとされている方です。 地球交響曲の中でお話されていた言葉です。 祈りは手を合わせるだけで、祈りにはなるけれども、それは静の祈りです、その祈りをし...

鎌倉×yoga×healing sound

鎌倉にてyogaのWSに参加してきました。 その後、海へ。 かたちをくっきりと成す雲。 青に映える。 心地良い風。海。光り。 からだが浄化されます。 氣が整います。 はじめて身体で感じた倍音。 クリスタルボウルから出る音。 それはCDやスピーカーからは感じることのできない波動です。 身体全体でその振動を感じました。 とても心地良い中でのヨガでした。 音が耳から聴こえていたものが、脳に入り、体内に入り、最後は体の中から音を発しているような感覚になりました。 音と一体となりました。 クリスタルボウルとディジュリドゥ、ガング、ティンシャからなる楽器からヨガをしてみえた事。 先生のお話にあった呼吸や循環、陰陽について。 電子や細胞の核、宇宙の天体も身体の組織も似ていて、つながりがみえること。 倍音からの音で、私自身の身体はすこし時空を超えたところにいて、大気圏の狭間というのか、陰陽の間というのか、抽象的な、イメージ的な例えになりますが、そこから生まれ出た物体という感覚がありました。 そこを行ったり、来たりするような。 氣の拡がりと体という個への収縮と、いのち全体で呼吸を繰り返している、という中でのヨガでした。 上手く言葉では説明できません。 そんな感覚を感じながらのヨガでした。 あと気付いた事は、唾液の味が途中で変わった事。 調べてる訳じゃないので分かりませんが、アルカリ性に変わったような気がしました。酸性だったものが音により電子、循環が変わり、体内の血液が変わったのだと思います。 思い浮かんだのは、またもや機内の空、宙なのでした。 OM ナマステ。

前世

小学校と白い木蓮。子供達が遊ぶ。 白く大きい。重たそうにみえる。それでも上を力強く向く花たち。 いのちの記憶が、そうさせるのでしょうか。 今日は春の陽気。 お散歩をしながら、一歩一歩、道どりは過去の自分に会いに行く。 時空を超えて、前世の自分に会ってきました。 何となく、輪廻転生や前世、今生はあると思っていて、そう感じる事も日常の中でありました。 きちんと専門の方に前世をみて頂いたのは初めてで、とても有難い体験でした。 今生で、なんでだろう?とか、この感情の記憶はどこから来てるのだろう? という謎、疑問がひとつ取れました。 ヨガをやっていると、冥想であったり、自然や宇宙を感じたり、現代では科学がものを言う世界ですから、一種の毛嫌いとされるようなものを身近に感じます。 霊的な感性に敏感になる感じでしょうか。 ハンドパワーや霊術、魔術みたいなものではなくて、神社とかもっと自然の中にある日常の普遍的なもの、身近なものです。 ただ、見えないだけです。 それを潜在意識の世界は知っています。 自分という存在の中にはとても信じられない程の過去の記憶が眠っています。 今、知っている自分は、ほんの一部です。 そんな大きな宇宙にも似たひとつの生命体でもある命が小さな自分に色々とメッセージや過去の記憶を教えてくれたのだと思います。 前世療法といって、眠る前と完全に眠りに入る直前ぐらいのところの意識で行います。 眠りの中にあるのに意識ははっきりしていて、からだは今までに無い不思議な感覚でした。 ヨガのくつろぎのときに、からだの感覚がなくなり、ただ意識が、ぽかんと見下ろしている感覚がありますが、それに少し似ていました。 前世といっても、ひとつの前世、一人の人生で、いのちの記憶はまだまだあります。 魂の記憶。 今、わたしとご縁あるひととも、前世では一緒でした。 兄弟が親子であったり、恋愛なども今生でご縁あるひとと一緒でした。 出会えた意味や、与えたりもらったり、共に過ごす時間など、前世を知って、今生のそれも深まりました。 偶然は無いのかもしれません。 主人ともやはり一緒のときを過ごしていました。 わかった事は、何故か、別れ際が苦手だったことです。 悲しい別れを体験して、それが今生でも記憶となって憶えているのでした。 これは前世の事で、今は違う、今生は違う人生を歩む、と、そう思えました。 その前...

宇宙の旅

映画の地球交響曲は、昨年、明治神宮にて第六番を観ました。 出演されている方の生演奏も聴けて、あの空間で身体全体で受け取る波動のようなものは何とも言えません。 振動です。 ずっと観たかった地球交響曲をご縁があり、DVDをお借りして、観させて頂いています。 心より感謝しております。 第一番のトマト栽培の植物学者の方から、宇宙飛行士の方まで異業種、幅広い分野の方が出演されていますが、通ずるものがあります。 テクノロジーとひとの方向性。 地球や自然に教わる姿勢といえばよいのでしょうか。 人間界のことだけでなく、一歩先へ、何歩先へも進んで、どの方も地球規模で考えています。 地球というひとつの生命体として。 映画は毎週のように借りている時期もありましたが、中でもキューブリック監督作品の2001年宇宙の旅のラストシーンが理解できないでいました。 今回、地球交響曲を観て何となく、あぁ、この事を言っていたのかなぁ、と思いました。 地球は大気を覆ったオゾン層があります。 それは人間、赤ちゃんでいうと、子宮の膜のようなものです。 それに守られて私たちは暮らしています。 地球はひとつの生命体のようなもの。 アポロ9号、宇宙飛行士ラッセル氏の言葉です。 全くの引用ではないのですが、このようなことをお話されていました。 あのシーンはこの事に当てはまるのかなぁ、と謎が解けたような気がしました。 あの話も人間が創りだしたHALという高性能の機械と人間の宇宙の旅。 人間の創り出した文明、発展とそのテクノロジーによって、機械も人間のように判断が出来、一種の感情のようなものも持ち、人間のいのちを脅かす。 自分自身の創り出したものによって破滅へと向かう。 手塚治虫の火の鳥でもこのような話がありました。 話は飛びますが、色々つながります。 人間としての方向性。 野口晴哉先生の本でお話されている、体癖論から集中欲求と鬱散欲求というのがあります。 子どもでも大人でもあるのですが、子どもの方が分かりやすいかもしれません。 何回言ってもわるいことを辞めない。 言っても分からない。 何故だろう、と大人は思います。 子どもにとっては、要は怒られようが褒められようが、どちらでも構わないのです。 集中欲求を持っている子はただ自分というものへの意識をこちらに向けたいのです。 鬱散欲求はそれとは違い、外へ出すエネルギーです。 ...

伊勢原ヨガ

昨日伊勢原にてヨガをさせて頂きました。 午前中は雷が鳴っていましたが、午後には雨も上がり、夕方4時から始め、夕暮れの中のサンセットヨガとなりました。 伊勢原、小田原にて卓球コーチをされてらっしゃる講師のご夫妻とのご縁で、主人ともつながりがあり、今回このような機会をつくってくださいました。心より感謝申し上げます。 ご参加してくださった方々、ありがとうございました。お疲れ様でした。 ヨガのアサナ(ポーズ)、修正法など行い2時間あっという間に感じました。自分自身学び、気付く事が多かったです。 少しペースが速くなってしまったので、 次回はゆったり、ゆっくりと呼吸の流れに合わせ、より内観を深められるヨガにしたいと思います。 伊勢原駅へ少し早く着いたので、駅周辺を散歩しました。 伊勢原大神宮へ導かれるように辿り着き、伊勢原の土地の神様にご挨拶。 皆さまと怪我なく安全にヨガができるように祈願。 境内が子どもたちの通学路になっており、元気な子どもたちの姿を神様も見ておられる良い場所だなぁ、と思いました。 銀杏の木がきれいでした。 身体のこわばりや痛み、普段意識を向けないところに敢えて意識を向ける。 身体の大なり小なり些細な声を聴く。 何故そうなったのか原因を探る、知る。 普段の生活の中での姿勢や身体の動かし方を工夫する。 心の持ち方もみる。 ヨガでの気付きを生活の中で活かし、より快い身体の使い方、生き方をしたいな、と思います。 ご縁と出会いに感謝。 合掌。

江ノ島

ヨガを始めたのは江ノ島です。 それ以前にもジムへ通っているときに数回参加しましたが、今の自分のきっかけとなったと思える場所は江ノ島でのヨガです。 もうすぐ二年になりますが、江ノ島と湘南の海、富士山、夕日を眺めながら、自分と向き合える、自然が迎えてくれる、贅沢な時間を過ごせた事は ありがたい出逢いでした。 感謝です。 育ったのは海老名ですが、産まれは茅ヶ崎で幼少期は毎週末、海へ行っていたそうです。 記憶には残っていませんが、潜在的に身体は覚えているのか、節目節目に湘南へ足が赴きます。 二年前、江ノ島のヨガへ行ったときもそんなときだったのだと思います。 今日はヨガと出逢えた江ノ島の地へ一年程の期間を置いて行って参りました。 先生とは久しぶりの再会でしたが変わらず、あたたかく迎えてくださり、とても快いクラス、時間、空間、ひとときを過ごしました。 江ノ島の弁財天様も喜んでくださったのか、素晴らしいプレゼントをくださり、先生がお話してくださったのですが、彩雲が出たのだそうです。 江ノ島から縦長に伸びる虹。 写真に納めたものを見ましたが、とても綺麗でした。 良き事が起こる吉兆なのだそうです。 江ノ島から出る虹の始まりを見た気がしました。 江ノ島は台風や嵐が来ても何故か江ノ島だけは雨も降らず、通り過ぎる。そんな不思議な場所。弁財天様が見守っているのですね。 始まりの場所である江ノ島の地。 しあわせを感じた一日でした。 ナマステ。