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宇宙の旅

映画の地球交響曲は、昨年、明治神宮にて第六番を観ました。
出演されている方の生演奏も聴けて、あの空間で身体全体で受け取る波動のようなものは何とも言えません。
振動です。

ずっと観たかった地球交響曲をご縁があり、DVDをお借りして、観させて頂いています。
心より感謝しております。
第一番のトマト栽培の植物学者の方から、宇宙飛行士の方まで異業種、幅広い分野の方が出演されていますが、通ずるものがあります。

テクノロジーとひとの方向性。
地球や自然に教わる姿勢といえばよいのでしょうか。
人間界のことだけでなく、一歩先へ、何歩先へも進んで、どの方も地球規模で考えています。
地球というひとつの生命体として。

映画は毎週のように借りている時期もありましたが、中でもキューブリック監督作品の2001年宇宙の旅のラストシーンが理解できないでいました。
今回、地球交響曲を観て何となく、あぁ、この事を言っていたのかなぁ、と思いました。

地球は大気を覆ったオゾン層があります。
それは人間、赤ちゃんでいうと、子宮の膜のようなものです。
それに守られて私たちは暮らしています。
地球はひとつの生命体のようなもの。
アポロ9号、宇宙飛行士ラッセル氏の言葉です。
全くの引用ではないのですが、このようなことをお話されていました。

あのシーンはこの事に当てはまるのかなぁ、と謎が解けたような気がしました。

あの話も人間が創りだしたHALという高性能の機械と人間の宇宙の旅。
人間の創り出した文明、発展とそのテクノロジーによって、機械も人間のように判断が出来、一種の感情のようなものも持ち、人間のいのちを脅かす。
自分自身の創り出したものによって破滅へと向かう。

手塚治虫の火の鳥でもこのような話がありました。

話は飛びますが、色々つながります。
人間としての方向性。

野口晴哉先生の本でお話されている、体癖論から集中欲求と鬱散欲求というのがあります。
子どもでも大人でもあるのですが、子どもの方が分かりやすいかもしれません。
何回言ってもわるいことを辞めない。
言っても分からない。
何故だろう、と大人は思います。
子どもにとっては、要は怒られようが褒められようが、どちらでも構わないのです。
集中欲求を持っている子はただ自分というものへの意識をこちらに向けたいのです。
鬱散欲求はそれとは違い、外へ出すエネルギーです。
身体を動かしたい、泣きたい、遊びたい、など発散するエネルギーです。

何にせよ、ひとは動き続けますし、出したり、欲したり、身体から成る心の作用など様々なもので生命が成り立っています。
どちらも、我、此処に在り、という人間の本質です。

ひとのあらゆる物事やエネルギーは、正しい方向で使うべきですし、その物事の持つ意味や価値を理解して、上手く利用、応用、循環といえばよいのでしょうか。そうすることがたいせつなのだと思います。

ひとの持つ力の方向性と、地球という命とのつながり。
共存。調和。平和。


また話は移り、台湾へ行く途中の飛行機内。
それはまさしく空にはいますが、宇宙に近づいているともいえます。
大気圏内ではありますが、音が聴こえた気がしたのです。
それは脳内なのか、心からなのか、何処からなのか分からないですが、その空はとても静かで静寂、高い高度のところだったのだと思います。
三音聴こえたのです。
それぞれひとつのときもあれば、二音重なり、三音の和音にもなりました。
耳には聴こえない音。
地球の大気圏と宇宙との間のところでしかない世界で。
30分くらいだったと思います。
とても心地よかったです。

今週は、マントラアサナを太陽礼拝をしながら行なったのですが、音による人の身体への影響はとても不思議で、地球交響曲にも出てきますが、インドの言葉にあるナーダ イズ ゴッド。
音は神である。
計り知れない何かが、私たちを覆っている感覚。
AOUMを唱えながら、アサナをしながらのひととき。

空間にある波動が、ひとの身体でも何であったとしても感応、反応して、それが音になる。
音として表される、という感じでしょうか。
場にある波動を音で表すとこんな感じ、というような風に音は生まれる、段階を踏むのかな、と思いました。

地球交響曲、第八番。
サブタイトルは、ナーダブラフマー。
音こそ神なり。
今、調べて知りました。



OM





















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