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背骨、脚骨

ヨガ的、解剖学的なことをあまりブログでアップしていなかったので載せます。
ヨガをするに辺り、色々な解釈や視点があり、解剖学と現代医学と東洋思想と私の考えを含んだオリジナルのものです。
ヨガは、内観をする事でヨガでいうプラーナ、東洋思想でいう氣、生命のエネルギー、それらが呼吸と共に行う事によって整うとされています。流れがよくなり、滞りや詰まりが無くなります。
内観と言うと難しいかもしれないけれど、表面的なポーズや見た目、カタチに捉われるのではなくて、身体の内側、内蔵やお腹の状態、呼吸しているときの肺の動きや、みぞおち、さらには外側、空間、環境、何となく感じるもの、良い感じ、何となく嫌な感じ、その場の持つもの等、身体全体を通して感じるものです。



私たちの祖先の祖先の祖先...、魚類は手脚がありません。四肢がなく、背骨だけで水中を移動しています。
そこから四肢が生えてきました。両生類、哺乳類となっていきます。
背骨は生命の起源とされる、身体の中心。
背骨の中は脊髄が通り、血液も流れ、自律神経が並列して通っています。


背骨が精神とつながっている、と言われ、自律神経とチャクラも関連しているといわれます。
脳が司令塔とすれば、背骨は根幹となりパスをつなぐ重要な部分です。根幹から末端へと指示します。
リラックス系のヨガは、あおむけ、うつ伏せなど大地と根ざしてつながり、地に近い形で行うポーズが多く動物の名前のポーズが多いです。
座位のポーズ、前屈、後屈、捻り、上下の伸び縮み等あらゆる背骨の方向性、展開をしてゆきます。脚へのアプローチもしていますが、主に背骨に働きかけています。







そして、ヒトは猿人類、私達の祖先である猿から人間、ヒトへと進化します。
手を使う事によって大脳新皮質が発達して人間になった、ともいわれています。
四肢であった脚が四足から二足になり前脚から手へと変わります。
他の動物と異なる点は、人間の脚は二足であるということ。
二足の脚を使ってこそ、人間です。
ですが、二足歩行は腰に負担が掛かり、立つ事でさえ不自然さがうまれ不合理です。人間はもともと不自然な動物。
それでも人間は人間であり、立つ事を決断しました。



ヨガはその不自然さからバランスをとる為、色々なことやポーズをします。
リラックス、ほぐし、癒し、心身の関係性、ここでは身体面の視点からになりますが、背骨をまず柔軟に動かします。
その後、立位のポーズへ。
脚を使い、力強く、たくましく人間らしい、しなやかなポーズをすると良いです。
立位のポーズは、戦士のポーズ、英雄のポーズ、ダンサーなど、ポーズの名前に人間が出てきます。
段階を追ってポーズをしてゆき、自分に適わせてあたらしいポーズを取り入れてゆくこと、それは自然と求めるように、やりたくなってきます。そこに強制も強要もありません。心の準備もあります。生命や自然はゆっくりと進みます。



癒されたら、次は自分の脚で立って、力強く生きてゆく。
人間の成長と一緒のようです。
愛し癒され、自立してゆく。そうヨガは教えてくれます。







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